
渋谷のBunkamuraで開催されていた『くまのパディントン展』に行ってきました。
会場に一歩入ると、そこにはユーモアとやさしさに満ちた世界。思わず頬がゆるむような展示の連続で、気づけばすっかり引き込まれていました。とにかくパディントンが“おもしろくて、かわいい”。登場人物たちもそれぞれ魅力的で、作品全体の空気感がとても心地いいんです。
“お11時”のティータイム文化にも触れられて、少しだけその暮らしに憧れてしまいました。笑
本記事では、そんな『パディントン展』(2018年・渋谷Bunkamura)を振り返りながら、作者の言葉や背景から見えてくる創作のヒントを、自分なりの視点でまとめていきます。
\閉幕まであと24日/
ザ・ミュージアム「#くまのパディントン展」は毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)の開館です。まだご覧いただいていない方はどうぞお早目のご来館をお待ちしております!https://t.co/3OIoTHuOi4 … … … … #ミュージアム #パディントン展— Bunkamura公式ツイッター (@Bunkamura_info) 2018年6月1日
パディントンはペルー生まれ──“暗黒の地”という余白

ご存じの方も多い通り、パディントンは“暗黒の地ペルー”からやってきました。
この「暗黒の地」という表現。少し不思議で、どこか想像をかき立てられます。実際、作者のマイケル・ボンドはインタビューでこう語っています。
「今ではペルーに多くの人が旅行しているが、当時のイギリスではペルーに旅行する人は少なかった。」
当時のイギリスでは、ペルーはまだ一般的な旅行先ではなく、多くの人にとって“よく知らない遠い国”でした。
つまり、「暗黒」とはネガティブな意味というよりも、未知であることの象徴だったのかもしれません。
よく知らない場所だからこそ、人は自由に想像できる。
地球の裏側には、本当にパディントンのようなクマがいるかもしれない──そんな想像の余白が物語に奥行きを与えているように感じました。
未知のものに対する好奇心や想像力は、創作においてとても大切な要素です。宇宙や深海のように、正体がはっきりしないものほどロマンがある。パディントンの“出自”には、そんな原点が詰まっていました。
パディントンは個人的な”楽しみ”から生まれた!

物語のはじまりは、とても個人的な出来事でした。
クリスマスの夜、売れ残っていたクマのぬいぐるみをボンド氏が買い取り、奥様にプレゼントしたこと。それがパディントン誕生のきっかけです。
やがてそのクマは家族の一員のように扱われ、食事や旅行にも連れていかれる存在に。家族を喜ばせたいという気持ちから、自然と物語が生まれていきました。
当初は「本にする」つもりはなかったそうです。
ボンド氏はこう語っています。
自分が楽しめてさえいればもう良い本が書けたも同然です。パディントンを書いていても、自分で笑ってしまうことがあるんですよ。
この言葉はとても本質的です。
創作において、最初の読者は“自分自身”。そしてすぐ隣にいる大切な人です。
自分が楽しいと思えること。誰かを喜ばせたいという気持ち。
その純粋な動機こそが、結果として多くの人に届く作品になるのだと思います。
パディントンは年齢不詳!

パディントンには特に年齢がありません。なので、あらゆる世代の方にお好きだと言っていただけるのではないかと思います。
パディントンには明確な年齢設定がありません。
子グマのようでありながら、大人びた振る舞いも見せる。その曖昧さが、どの世代にも親しまれる理由のひとつだとされています。
キャラクター設計では、細かい設定を作り込むのがセオリーとされることも多いですが、パディントンはあえて“決めない”ことで、受け手の想像力に委ねています。
誰でも自分なりのパディントン像を持てる。
この余白が、長く愛される理由なのかもしれません。
多様な表現で広がるパディントン
パディントンは、挿絵・絵本・漫画・映像と、さまざまな形で描かれてきました。
同じキャラクターでも、描き手によって印象が変わる。
それでいて“パディントンらしさ”はしっかり残っている。この柔軟さもまた、魅力のひとつです。
ちなみに私が1番好きなのはペギー・フォートナム氏による”クイズ番組に出るパディントン”の挿絵です。なんとも言えない穏やかな表情が本当に最高です。

終わりに──創作の原点に触れる
今回の『パディントン展』を通して強く感じたのは、
「誰かを喜ばせたい」というシンプルな想いの強さでした。
ピーターラビットを生んだビアトリクス・ポターも同じように、身近な人のために物語を描いています。
個人的な楽しみから始まったものが、やがて世界中に広がっていく。
その出発点にはいつも、“誰かのため”という温かい気持ちがあります。
展示を見終えたあと、そんな当たり前で大切なことを、あらためて受け取りました。行ってよかったと心から思える展覧会でした。
最後に、ボンド氏の言葉を。
私はパディントンのことを、現実の存在だと強く感じているのです。これまでずっと付き合ってきましたから、すぐそこに立っていてもおかしくない。ずっとそばにいる気がしています。パディントンは、これから先もずっと変わらないと思います。

